2017年11月22日

第60回 株式会社ニッコー 代表取締役 塩田政利さん

株式会社ニッコー 代表取締役 塩田政利さん

塩田さんのプロフィール

1937年、徳島県生まれ。1956年、徳島県立川島高等学校卒業後、非鉄商社に入社。その会社を経て公共事業関連の会社の立ち上げに関わり、1964年、日建工学株式会社 創立に参加。会社創立から8年後の1972年、常務取締役に就任。1982年、日建工学は、東証2部に上場するが、辞める。
※ある技術者が発した一言「鉄筋コンクリートの寿命は、50年から60年程度」という言葉に衝撃を受け、これをなんとかできないかと、世界にヒントを見出すべく、日本を飛び出す。このことが、「液体ガラス」という世界初の技術の誕生に繋がる。1991年、株式会社日興を創立。この会社で、43アイテムの完全無機質材を開発、コンクリート劣化防止 国土交通省技術認定を取得、全国80社あまりの代理店組織を型成、一流メーカー15社との技術連携を行い、特許も5件取得。T&Cの防食工法協会 会長就任、クリスタルコンクリート協会会長就任を経て、2004年、液体ガラスで話題を呼んでいる現在の会社、株式会社ニッコーを創立する。
翌年には、財団法人日本立地センターと業務提携し、表面処理剤研究会設立、木材の浸透性塗料開発と液体ガラスが本格始動する。

「液体ガラス」とは、簡単に説明すると、常温でガラスを作るという技術。つまり、本来、ガラスは高温で溶かし液体にするのですが、それを常温で安定させるということ。 この技術は木造建築に塗布すると火災に強いなど公共事業や歴史的建造物を守ることに利用されています。
※木材は有機物であるため、燃えたり腐ったり、シロアリに食われたりするが、液体ガラスを塗布することによって表面を無機化させることができそういったものを防ぐことができる。
(インタビューのフルバージョンでは、液体ガラスのさらに詳しいお話を聴くことができます。たとえば、水を通さないのに、通気性があったり・・?他にも、幼い頃の塩田さんのお話も!ぜひチェックしてみてください!)
塩田さんは、高校卒業後、学校の先生のつてで、非鉄商社に入社します。塩田さんは、クラスで一人だけ掃除をするような真面目な性格で先生はそんな塩田さんの姿に好感を持ち可愛がってくれました。
そして、その会社で公共事業関連の会社を立ち上げるメンバーになります。(当時、将来の自分の結婚資金のため貯金をしていた塩田さんでしたが、そのお金を立ち上げの資金に使うようにと渡したそうです。そしてその会社の株主になったのだとか。)  そこでも、持ち前の発想力でいろいろなものを開発されたそうです。
しかし、42歳の時、自分の役目は終わったと思い、新しいことを挑戦するために会社を辞めたとのこと。
その後、塩田さんは医学の道を進むため学校へ行き医学士ライセンスを取得します。様々なアイディアを発信し活躍する塩田さんでしたが、再び、元の業界に戻る道を選びます。
それは、あるエンジニアが言った鉄筋コンクリートの寿命の問題が心に引っかかっていたから。この問題を解決しなければ、この国は大変なことになると、問題の解決に乗り出し、「液体ガラス」の開発へと繋がっていきました。このお話の続きはまた来週!

塩田さんのインタビュー。
そして、これまでのレジェンドエンジニアのインタビューフルバージョンは、セントラルエンジニアリング株式会社のオフィシャルサイトから「レジェンドエンジニアの声」で、お聴きいただけます。
https://www.central-eng.co.jp/
https://www.central-eng.co.jp/legendengineers

それから上記のサイトでは、音楽を楽しむことができません。
音楽を楽しみたい方は、radikoのタイムフリーでどうぞ。

A-LABO INDEX | bayfm78 | 2017/11/21/火 24:30-25:00
http://radiko.jp/share/?sid=BAYFM78&t=20171122003000

by vivi

投稿者 : alabo|2017年11月22日

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