2017年12月20日

第64回 株式会社小川製作所 営業・技術担当取締役 小川真由さん

株式会社小川製作所 営業・技術担当取締役 小川真由さん

 

小川さんのプロフィール

1980年11月6日生まれの37歳。東京都葛飾区で生まれ育ち、実家は町工場を経営。
小川さんは、慶應義塾大学 理工学部へ進学し、その後、大学院の修士課程へと進む。(大学院では航空宇宙工学を学ぶ。)
修士課程修了後は、富士重工業株式会社 航空宇宙カンパニーに就職。そこでは、新しく開発していた航空機の開発業務に携わり、設計及び試験担当者として従事する。
25歳の時、結婚して家庭を持つことになったため、将来のことを考え、富士重工業を退職。実家の家業を引き継ぐために、町工場で修業をする。その町工場では、金属加工に関わるあらゆる業務を経験し、2012年に、家業である小川製作所に入社する。

小川さんが入社したことにより、元々行っていたステンレスの板金加工に加え、航空機などにも使われる精密機械加工部品の技術も導入。また、エンジニアとしての経験を生かしての設計業務と、町工場で技術以外にも培った、営業、財務面の業務を繋げて一つのものを作り上げる”ものづくりのインテグレータ”の重要性を感じ、日本のものづくりの未来のため、日々取り組む。それと同時に、ボランティア活動として「TOKYO 町工場HUB」という取り組みにも参画。(この活動は、東京の町工場の技術を連携して、国内のみならず、海外のものづくりの需要に応える窓口になること。)
※ちなみに現在の小川さんの肩書である、営業・技術担当とは、営業や技術のどちらか一方の専門に特化するのではなく、お客様がどんなものを求めているのかを直接聞き、そして、実際にそれを形に落とし込むところまでの一連の流れを担当することだそうです。

 

大学時代は、アメリカンフットボールの同好会で活動をしつつ、理工学部で航空宇宙工学の研究をされていた小川さん。卒業後は、富士重工業へ就職します。インタビューのフルバージョンでは、大学時代のお話(アメリカンフットボールの同好会のことや、当時行っていた研究の内容についてなど)や、富士重工業で働いていた時のお話を詳しく聴くことができます。ぜひチェックしてみてください!

そして就職から3年後の26歳の時、転機が訪れます。それは、富士重工業を退職し、実家を継ぐための準備として、実家近くの町工場へ入社したこと。小川さんは、結婚をし、子供ができたとわかったタイミングで、自分の将来像を考え、この道を選びます。また、この町工場に転職する決め手となったのは、”5軸加工”(5軸加工とは、金属加工の技術で、最先端の工法の一つ)に魅力を感じたから。5軸加工を検索サイトで検索した際に、真っ先にこの会社の名前を見つけたそうです。こうして、小川さんは町工場で修業を始めます。

しかし、修業して4年目の31歳の時、会社の社長からリーマンショックの影響で、会社が倒産するかもしれないと、告げられます。小川さんは、社長や、当時の同僚、そしてお客さんからの応援もあり、半分のれん分けという形で、会社の業務の一部を引き継ぎ、家業に入ることを決意します。

こうして、家業に入ることになった小川さん。このあとの奮闘のお話はまた次回のA-LABO INDEXで!

 

小川さんのインタビュー。
そして、これまでのレジェンドエンジニアのインタビューフルバージョンは、セントラルエンジニアリング株式会社のオフィシャルサイトから「レジェンドエンジニアの声」で、お聴きいただけます。
https://www.central-eng.co.jp/
https://www.central-eng.co.jp/legendengineers

それから上記のサイトでは、音楽を楽しむことができません。
音楽を楽しみたい方は、radikoのタイムフリーでどうぞ。

A-LABO INDEX | bayfm78 | 2017/12/19/火 24:30-25:00
http://radiko.jp/share/?sid=BAYFM78&t=20171220003000

by vivi

投稿者 : alabo|2017年12月20日

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