2019年2月13日

第124回 ミツフジ株式会社 代表取締役社長 三寺歩さん

ミツフジ株式会社 代表取締役社長 三寺歩さん

三寺さんのプロフィール

1977年2月7日生まれ。京都出身。立命館大学経営学部、在学中には海外向けネット書店を立ち上げ、海外在住の日本人や日本人コミュニティーに対するB to C ビジネスを展開してきた。大学卒業後は現在のパナソニック、松下電器産業株式会社に入社。外資系システム会社・シスコシステムズでIT事業に携わりSAPジャパンなどを経て、2014年9月三ツ富士繊維工業株式会社、現在のミツフジ株式会社の代表取締役に就任した。そのタイミングは、1956年に西陣帯工場として祖父が創業した家業の経営危機。代表取締役就任後、三寺さんは3人で廃業寸前の家業の立て直しを開始した。
その財産は、父親である2代目、三寺康廣さんが開発した銀メッキ繊維「AGposs(エージーポス)」。2002年に商標登録されているがこの銀メッキ繊維はナイロンの表面に銀をメッキしたもの。しかも表面がすべて「銀」で覆われていて「糸であって糸でなく。金属であって金属ではない」「糸の顔をした金属」とのこと。従来の銀メッキ繊維とは違い銀の量が圧倒的に多いので伝導性に優れ、電磁波シールド、抗菌、防臭、保湿、電熱、制電効果に優れている。
そして、繊維工場で得たノウハウと自分自身のサラリーマン時代に培った経験や人脈を掛け合わせることで、ウェアラブルコンピューター市場に参入し、昨年、2018年にはフォーブスジャパンの創業10年以上で、売上高100億未満の価値のある企業を表彰する「スモールジャイアンツ」にて大賞に輝きフォーブスジャパンの表紙を飾った。

ミツフジ株式会社について。

三寺歩さんは、3代目。元々は三寺さんのおじいさん、三寺富士二さんが西陣帯工場として創業したことがはじまり。2代目であるお父さん、叔父さんの代では西陣織の技術をベースに和布団の装飾品を手掛けます。その後、1992年にもっと先進的なものをやらなくてはいけない思いから、新事業の展開へ。銀メッキ繊維の技術を学び、オリジナルの銀メッキ繊維「AGposs(エージーポス)」を開発されます。この開発には、会社のすべてをかけて作り上げたもので、投資額は、年間約5000万円で、20年間も。単純計算で、なんと、10億円にもなるのだとか!(わかっているだけでも、この金額なので、実際にはもっとかかっていたのではとのこと・・。)そして、ついてに、日本初の抗菌靴下を開発されます。

ミツフジ株式会社のHP → https://www.mitsufuji.co.jp/

三寺さんが会社を継ぐことになったきっかけ。

最初は、家業を継ぐつもりはなかったという三寺さん。大学卒業後は、サラリーマンになり、営業職に就きます。ある日、仕事中に、父親から、資金ショートして、会社が潰れることになるとりあえずお金を貸してほしいという電話を受けたとのこと。その夜、三寺さんは、自分のこと、両親のこと、祖父のことをいろいろと考え、そして、今の自分があるのは、みんなのおかげ、今こそ、お返しするを日が来たんだと思い覚悟をし、お金を渡すだけではなく自分が経営をしようと決めたそうです。こうして、”挑戦”するために、会社を継いだ三寺さん。お客様に直接商品を届ける会社にしようと決意しウェアラブル事業へ進出します。三寺さんが手がけているのは着るだけで体の状態が分かるという下着。どのような下着なのか、このお話はまた次回。お楽しみに。

三寺さんのインタビュー。そして、これまでのレジェンドエンジニアのインタビューフルバージョンは、セントラルエンジニアリング株式会社のオフィシャルサイトから「レジェンドエンジニアの声」で、お聴きいただけます。
https://www.central-eng.co.jp/
https://www.central-eng.co.jp/legendengineers

 

by vivi

投稿者 : alabo|2019年2月13日

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