2019年5月22日

第138回 株式会社西川精機製作所 代表取締役 西川喜久さん

株式会社西川精機製作所 代表取締役 西川喜久さん

西川さんのプロフィール

1965年生まれ。小学生時代は建築士に、高校生時代は日本史研究家になりたいと思っていたが、大学は、日本大学 農獣医学部に進学。大学卒業後は、父親が経営する西川精機製作所に入社する。

西川精機製作所の前進となる会社は、1960年、東京・墨田区に創立。その後、江戸川区に場所を移し、切削・板金・溶接から組立て据え付けまで、総合的な技術力を強みとし、部品から各種産業・医科学研究機器を一貫して企画設計・製造している金属加工会社。

1999年、先代が亡くなったことで、後を継ぎを、代表取締役に就任するが、時期を同じくして訪れたバブルの崩壊、続く、リーマンショックでの事業モデルの崩壊など、さまざまな人生の転機を迎えることになる。

その後、ピンチとも見えるその状態からの脱却をし、現在では、産学連携を通じて、自社ブランド開発を進めたり、地域の小学生向け「町工場サイエンス(子どもの未来館)」から、高校生のインターシップ受け入れまで、次世代に「ものづくりの魅力」を伝えるなど、未来のエンジニアたちの育成にも力を入れている。

また、東京オリンピック・パラリンピックのアーチェリーで、「純国産アーチェリー」の生産技術を復活させようとプロジェクトを立ち上げた。

 

株式会社西川精機製作所は、主に金属加工を営む会社で、医科学機器の製造も行っています。西川精機製作所の医科学機器とは、直接、薬を作るのではなく、薬を作る先生方が、日々、研究をするのに使う装置のこと。切削・板金・溶接から組立てまでの、総合的な技術力は、多岐にわたって、利用されています。

株式会社西川精機製作所のHP → https://nishikawa-seiki.co.jp/

 

「特に印象的だった依頼」

総合的な技術力から、様々な依頼を受けることがあるそうですが、中でも西川さんが「この依頼があったから技術が一歩進んだ」といった印象に残った依頼があるそうです。それは、スーパーコンピューター用基板メッキ装置の治具(工場内の設備で使われる専用の工具のこと)の開発から、製造・据え付けまでの一貫生産の依頼。

始めに、何もわからない状態から、お客様の箇条書きのようにされたニーズを受け取ったとのこと。その中で、どんな風な形で、お客様の要求を満たせるかを考案。そして、そのアイディアをプレゼンし、その後、見事に採用になったのだとか。実際に、製造し、その装置を据え付けに行った時、今までの取引先とは規模の違う工場の大きさに、目を見張ったそうです。そして、その数年後、「あの装置の、あのアイディアよかった。おかげで納期が間に合った」とお客様に声を掛けてもらったのだとか。

スーパーコンピューターの開発は、世界規模の話。その一部に関われたことは、西川さんにとって、とても印象に残った大きな依頼だったそうです。

 

「純国産アーチェリー」の生産技術の復活プロジェクト

西川さんが趣味でアーチェリーを始めたことがきっかけ。西川さんは、実際に、アーチェリーを習い、認定書をもらって、自由にできるようになったとき、自分の道具が欲しくなったとのこと。その時、既に日本製の道具がなくなってしまったことを知ったそうです。日本製が欲しかった西川さんは、残念に思っていたそうですが、次第に、作れるのではないかと、考えるようになったのだとか。

こうして、西川さんは、純国産のアーチェリーの製造を思い立ちます。このお話の続きは、また来週。お楽しみに!

 

西川さんのインタビュー。そして、これまでのレジェンドエンジニアのインタビューフルバージョンは、セントラルエンジニアリング株式会社のオフィシャルサイトから「レジェンドエンジニアの声」で、お聴きいただけます。
https://www.central-eng.co.jp/
https://www.central-eng.co.jp/legendengineers

 

by vivi

投稿者 : alabo|2019年5月22日

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