2019年6月26日

第143回 株式会社ナウケミカル 代表取締役社長 金城純一さん

今週のA-LABO INDEXは、先週に引き続き、
株式会社ナウケミカル 代表取締役社長 金城純一さんをお迎えしました。

写真は、松風さんと金城さん

右も左もわからない中、社長として、奮闘する金城さん。莫大な借金を抱え、さらには、赤字体質だった会社を黒字体質にすべく、行動しますが、既存の仕事も減ってしまうという結果に。そんな中、金城さんは、辛い状況を跳ねのける策を思いつき、ピンチを乗り越えます。今週は、その続きのお話から。

きっかけは、知り合いの方のアドバイス。

当時知り合いの元銀行員の方に、アドバイスを頂こうと、決算書を見てもらったところ、言われた言葉は、「アドバイスしようがない程、ひどい」とのこと。しかし、その後、「ここで諦めたら会社は確実に潰れる。諦めなければ、何とかなるかもしれない。」と言われ、これ以上、苦しいことはない、後は上を目指すだけだ、と金城さんは、いい意味で開き直ることができたそうです。

こうして、金城さんは、気持ちを切り替え、新しい策を思いつき、行動します。

それは、付加価値を高めるため、あえて難しい仕事(他の会社が断るような仕事)を手掛けるというもの。つまり「他の会社よりも安くできる」といった価格競争をするのではなく、「他の会社ではできないこと」をして、仕事の付加価値を高くするいうこと。金城さんは、父親が残してくれた会社の技術力活かして、難しいことに挑戦していこうと考えたそうです。最初の頃は、社員に、「今度の社長は難しい仕事ばかり持ってくる」と言われ続け、なかなか受け入れてもらえなかったそうですが、根気よく説得を続け、少しずつ理解を得ていったそうです。

「最後の砦」

難しい仕事を手掛けていくうちに、更に字術力を高め、周りからは、「ナウケミカルは、最後の砦」として評価をしてもらえるようになっていたそうです。そして、その究極形が、10ミクロン径の粉体へのめっき。ちなみに、粉体へのめっきは、その美しさから、アイシャドウなどの化粧品にも使われていたりもするそうです。金城さんも予想していなかった展開だったそうです。

スタジオにも、めっきされた製品をお持ち頂きました。ちょっとだけご紹介。



ウイスキーの瓶や、粉体へのめっきなど。

高い技術力と、諦めずに挑戦するという気持ちで、ピンチを乗り越えた株式会社ナウケミカル。「苦しければ苦しいほど、乗り越えたとき、大きな喜びある。」それを伝えることによって、やりがいを感じてもらうことが自分の仕事だと、金城さんは考えているそうです。

最後は、若き、エンジニアへ、金城さんからのアドバイス。

“大学時代に、漠然とエンジニアになりたいと思っていた時期はあるんですけど、実際に社会人になって、希望通りの職種につけたとは思ってなかったんですね。社会人になると、やりたいことはどんどん変わっていくし、やりたい仕事に就いても、やってみたらあまりあわないな、と思うこともある。今、年を取って大切だなと思うことは、今の仕事がやりたい仕事とちょっと違うと思っても、与えられた仕事を精一杯こなすことが必要だということ。もしかしたら好きになるかもしれないし、だめかもしれなけど、やらずに決めてしまうのは良くないことだと思います。社会人になっても、自分探しをしながら、やりがいのある仕事を自分で見つけられるように頑張っていただきたいなと思います。”

金城さんのインタビュー。そして、これまでのレジェンドエンジニアのインタビューフルバージョンは、セントラルエンジニアリング株式会社のオフィシャルサイトから「レジェンドエンジニアの声」で、お聴きいただけます。
https://www.central-eng.co.jp/
https://www.central-eng.co.jp/legendengineers

by vivi

投稿者 : alabo|2019年6月26日

2019年6月19日

第142回 株式会社ナウケミカル 代表取締役社長 金城純一さん

株式会社ナウケミカル 代表取締役社長 金城純一さん

 

金城さんのプロフィール

1968年、東京生まれ。高校生の頃、父親が経営するめっき会社、ナウケミカルを継ぐ気はないと父親に宣言し、群馬大学 工学部 機械システム工学科に進学。大学ではワンダーフォーゲル部や山岳会に入っていた。

大学卒業後の1993年、光学メーカーとしての技術を誇る日東光器株式会社に入社。入社当時は工場勤務をし、装置のメンテナンスや改造、光学設計等を行っていたが、その後、営業部にて光学部品の販売も経験している。

サラリーマン生活を送っている中、父親から、業績が悪化しているナウケミカルを手伝ってもらいたいと頼まれ、1年間悩んだ末、2001年、株式会社ナウケミカルに入社する。

ナウケミカルは、主に電子部品へのめっきを行っているが、一般的にめっきが難しいとされている「光ファーバー」「粉体」特許も取得した「金錫合金めっき」をはじめとして、他の会社との共同研究開発も行っている企業。

金城さんが入社した当時は、大手の通信メーカーから「Au(金)とSn(錫)の合金めっき」ができないか、と依頼されている真っ最中。しかし、当時の文献には、Au(金)とSn(錫)のめっきは不可能と書かれていたとか。金城さんの父親は「不可能と言われるものこそ、やりがいのある仕事である」という考え方の持ち主ゆえ、開発に20年以上もの時間を要し、ついに、開発のめどが立ち、商品化。そして、それを販売するのが入社したての金城さんの仕事だった。しかし、その商品は、使ってもらえるレベルに達していないことが発覚。更に3年程の時間をかけ、実用できる商品として完成させた。ところが、父親が急死、2013年3月に、金城さんが代表取締役に就任することになるが、その時には、莫大な借金があり、会社を継ぐべきか、廃業するべきか、悩むほどだったとのこと。

金城さんが大切にしている言葉は、「超えられない人に、試練は来ない。」

株式会社ナウケミカルのHP → http://www.now-chemical.co.jp/
(HPでは、会社の紹介をした漫画を見ることができます。ぜひチェックしてみてください!)

株式会社ナウケミカルは主に電子部品へのめっきをしている会社。具体的には、電気製品の中に入っている部品や光ファイバーへのめっき、粉にめっきをするなど、私たちが直接的に目にする機会はあまりない特殊なものにめっきをされているそうです。ちなみに、めっき加工とは、塗装の違い、電気を流しながら、化学変化でくっつけること。そのため、素材同士の相性も関係し、くっつけずらいと言われるものあるのだとか。(チタンへの金めっきなど)その中で、「金錫合金めっき」は、株式会社ナウケミカルにしかできない技術で、特許も取得されています。

身近にある「めっき製品」について
私たちが使っているスマートフォンなどの通信機器の中には、微細な金めっきが施されています。こうした機器は、年々、小型化が進んでいるため、金城さんたちがめっきする部品は、どんどんと小さくなり、現在では、「粉体」にめっきをすることも可能のなのだとか。さすが、特殊めっき加工のスペシャリストです!

自分で決めた道を進みたいという思いから、父親の会社を継がないと考えていた金城さんでしたが、2001年頃、バブル崩壊で経営難となった父親から、会社を手伝って欲しいと相談を受け、悩んだ末、入社を決意されたとのこと。また、大手の通信メーカーから、「金錫合金めっき」の依頼を受け、研究を重ねていたのも、同じ時期。(開発費がかさんでしまったことも業績悪化の要因の一つでもあったそうです。)そして、20年以上の時間を要して、この開発に目途が立ちます。(当時、この商品を販売するのが、入社したての金城さんのお仕事だったそうです。)しかし、その段階では、客先では使ってもらえるレベルには達しておらず、商品化するには、さらに、3年程の時間を要したのだとか。絶対にゴールをしてみせる、諦めずに、やり遂げてみせるという強い意志で、客先へ何度も足を運び、評価をしてもらって、持ち帰るを繰り返したそうです。

会社の経営が軌道に乗らず、苦しい中、お父様が亡くなられ、会社を継ぐことになった金城さん。社長業のイロハさえ分からない中、莫大な借金があり、銀行から融資ももらえないという辛い状況でのスタートだったそうです。ある金融機関の担当当社からは、「おたくは借金の垂れ流しだ」という言葉を掛けられたこともあったのだとか。その後、何とか会社を継続することができましたが、経営がうまくいかず、既存の仕事さえも減ってしまい、社員から詰め寄られ、責められることもあったそうです。

辛い状況の中、金城さんは、社長として奮闘していきます。このお話の続きはまた来週。

金城さんのインタビュー。そして、これまでのレジェンドエンジニアのインタビューフルバージョンは、セントラルエンジニアリング株式会社のオフィシャルサイトから「レジェンドエンジニアの声」で、お聴きいただけます。
https://www.central-eng.co.jp/
https://www.central-eng.co.jp/legendengineers

 

by vivi

投稿者 : alabo|2019年6月19日

2019年6月12日

第141回 東京理科大学 工学部機械工学科 小林宏教授

今週のA-LABO INDEXは、先週に引き続き、
東京理科大学 工学部機械工学科 小林宏教授をお迎えしました。

 

写真は、松風さんと小林教授

 

小林教授が開発した「マッスルスーツ」は、現在、国内では、トップのシェア率を誇っています。また、海外でも、こうしたアシスト装置(※海外ではエクゾスケルトンというそうです)はあるそうですが、マッスルスーツほどは売れていないとのこと。つまり、現段階で、小林教授は世界一!そして、マッスルーツは、今後、海外展開もしていくそうです。

ちなみに、欧米では、腕の補助がメインとのことですが、マッスルスーツは腰を補助する装置。小林教授が、全体を見渡した時、腰を痛めている人が多いと感じたことから、腰の補助の装置を作ろうと思ったのだとか。ちなみに、海外で腰の補助の装置が作られていないのは、その必要性があまりないから。海外の人は、腰を痛めるまで無理なことはしないそうです。それに比べ、日本人は、体を張って頑張りすぎてしまうため、腰を痛める人が多いのだとか。日本人特有の悩みから生まれた発明です。日本は、少子超高齢化の社会。だからこそ、それに対する対策をきちんとできるシステムが作れれば、世界最先端を突っ走ることが出来るということ。日本人の、繊細なモノづくりが得意という特性を生かし、ピンチをチャンスに変えて、へこんだ日本を何とかしたいと小林教授は考えているそうです。

 

2014年に販売が開始された「マッスルスーツ」

 

最初に作られた「マッスルスーツ Power」は、人工筋肉を4本使っており、約35キロの補助力も持ちます。外部からコンプレッサーで空気を入れるタイプで、一番パワーが強いそうです。しかし、コンプレッサーとチューブで繋がれているのが嫌だという声も寄せられたとのこと。そこで、2年後に開発されたのが、「スタンドアローンタイプ」。これは、コンプレッサーなどの外部からの供給もなく、電気も必要ないタイプのもの。また、スイッチもないとのこと。最初に、手動で空気を入れて溜めておき、使うそうです。(ボイル=シャルルの法則)そして、その後、スタンドアローンタイプをより軽く、コンパクトにした「マッスルスーツ Edge」を販売。さらに、腰と腕と両方を補助する「マッスルアッパー」の販売を開始されたとのこと。こうして、マッスルスーツは、現在、4種類あるそうです。詳しくはHPをチェックしてみてください!

株式会社イノフィスのHP → https://innophys.jp/

 

小林教授の最終目標は、「動けない人を動けるようにする」「生きている限り自立した生活を実現する」ということ。現在、小林教授は、寝たきりの人の歩行器を開発をされているそうです。その歩行器は、まだプロトタイプですが、これから製品化のプロセスに入っていくとのこと。小林教授の今後の発明に、大注目です!

 

最後は、若き、エンジニアへ、小林教授からのアドバイス。

“使う人の身になって、その使う人が本当に欲しているものは何かという本質を考えて、本質を考えたうえで、課題とか優先順位をつけて開発を進めていくことがとても大事。そこがブレちゃうと全然できない。あと、エンジニアリングにはセンスがとても必要。センスがないと厳しい。じゃあ、センスは磨けないかというと、必ずしもそうではない。日本最古の工学書である『機巧図彙(からくりずい)』で(作者の)細川頼直が言っているように、とにかく、見ることだ。ものをみること。自分でみて、メカニズムを考えて、それを心に留めて置くこと。それをずっと繰り返していくと、こういうときはこれを使うなど、想像ができる。それがセンスに繋がる。色々なものを見て感じるということが大事。”

小林教授のインタビュー。そして、これまでのレジェンドエンジニアのインタビューフルバージョンは、セントラルエンジニアリング株式会社のオフィシャルサイトから「レジェンドエンジニアの声」で、お聴きいただけます。
https://www.central-eng.co.jp/
https://www.central-eng.co.jp/legendengineers

by vivi

投稿者 : alabo|2019年6月12日

2019年6月5日

第140回 東京理科大学 工学部機械工学科 小林宏教授

東京理科大学 工学部機械工学科 小林宏教授

小林教授のプロフィール

1966年生まれ。
1995年、東京理科大学工学研究科機械工学専攻博士課程修了。
1996年~1998年、日本学術振興会海外特別研究員としてチューリッヒ大学計算機科学科に留学。
帰国後、1998年に、東京理科大学工学部の講師になり、1999年に、助教授に。
2008年から、教授となり、現在に至る。(小林教授のご専門は、知能機械学、福祉工学、画像処理、ロボティクス、メカトロニクス)

これまでの研究には、顔表情の認識に関する研究、顔表情ロボットの開発、ロボットのコミュニケーション知能に関する研究、マッスルスーツに関する研究、アクティブ歩行器に関する研究などがある。

小林教授は、ユニークな研究に取り組んでおり、企業に負けないコンセプトや技術力をもち、複数の企業と製品化、実用化のための共同研究や開発を推進している。特に、人の筋肉の力を補強することで、作業を楽にする装置型の動作補助装置「マッスルスーツ」は、小林教授の研究室が、独自に開発・実用化したもので、この「マッスルスーツ」を事業化・販売するために、東京理科大学発ベンチャー「株式会社イノフィス」を創業した。

「マッスルスーツ」の開発では、2015年、第13回 産学官連携功労者表彰で、日本経済団体連合会会長賞を内閣府より、受賞。2018年、「腰補助マッスルスーツ スタンドアローン」が、世界発信コンペティション 東京都ベンチャー技術奨励賞、また、アメリカのレッドへリング社の、世界で最も革新的なベンチャー企業100社「Global Winner」に選ばれるなど、様々な賞を受賞している。

 

チューリッヒ大学への留学

小林さんは、現在、母校である、東京理科大学で、教授をされていらっしゃいますが、1996年から1998年の2年間は、チューリッヒ大学に留学し、人工知能研究所にいらっしゃったとのこと。言語を抜いて、人間同士のコミュニケーションに必要なのは、55%が表情なのだと、実際の研究結果が出ていたこともあり、当時の小林さんは、表情の自動認識や表情を出すロボットを研究し、人工知能を極めたいという思っていたそうです。

人間のような知能を持つロボットを作りたいと思っていた小林さんですが、留学して1か月で、自分が生きている間に、それを実現するのは難しいと感じたとのこと。(ちなみに、小林さん曰く、現代の人工知能と、30年前の人工知能は、まったく変わってはいないそうです。結局、今も昔も、人工知能は自我をもつことができないため、進んでいるとは言えないとのこと。今後、基本的なコンピューターのアーキテクチャ(計算の仕方)が変わらない限り、進歩することはないそうです。)

こうして、小林さんは、留学中に、科学的なことを学びながら、自分がやりたいことは何かをあらためて考えたそうです。そして、エンジニアとして、人の役に立つものを作りたいと強く思うようになり、帰国後は、それに集中しようと決意したそうです。

 

マッスルスーツのアイディアが生まれるまで。

まず、最初に、小林さんが、生きていくうえで、一番嫌なことは何かを考えたとのこと。小林さんにとって嫌なこととは、『自立ができなくなること』で、誰かの助けがないと生きていけないことが、一番嫌なことだと思ったそうです。そこから、小林さんは、「だったら、(体を補助する装置)つけて、自由に動けるようなものを作ろう」と考え、マッスルスーツのアイディアに至ったそうです。現在、マッスルスーツは、腰の補助がメイン。介護や、農業、建設業など、あらゆる肉体労働の現場で活躍しています。

 

マッスルスーツの仕組み

マッスルスーツはモーターを使わず、人口筋肉を使っているとのこと。モーターは、力を大きくすると、固く、大きく、重くなるため、柔らかく適当な動きをする人間とは、違うものになってしまうとのこと。それに対して、人工筋肉は、軽く、柔らかく、だけど、力は強いとのこと。(具体的には、マッスルスーツの場合だと、1本(120グラム)で5気圧の圧縮空気で、250キロぐらい引っ張る力があるそうです。)また、人間の筋肉の仕組みに近いため、人口筋肉と呼ばれているそうです。

来週は、マッスルスーツについて、更に詳しくお伺いします。お楽しみに!

 

小林さんのインタビュー。そして、これまでのレジェンドエンジニアのインタビューフルバージョンは、セントラルエンジニアリング株式会社のオフィシャルサイトから「レジェンドエンジニアの声」で、お聴きいただけます。
https://www.central-eng.co.jp/
https://www.central-eng.co.jp/legendengineers

 

by vivi

投稿者 : alabo|2019年6月5日