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2016年10月2日

プロデューサー列伝〜第1章:フィル・スペクター②

伝説のミュージシャンから最新のアーティストまで、
過去から今、そして未来へとつながる音楽のルーツを紹介するコーナー
「Roots Of Masters」
第1章は、 フィル・スペクターに迫ります。

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「先週は17歳の時にテディベアーズを結成してディビュー曲が全米No.1になった

早熟の天才だったって話をしました。翌年にはグループを解散して解散した後、

レスター・シルとリー・ヘイゼルウッドの下でデュアン・エディっていう有名なミュージシャンが

いるんですけど、そのセッションをしたり、20歳の時にニューヨーク戻ってリーバー&ストーラーの助手

になって、助手をやりながらすごいなって思ったのは20歳代の初めにレイ・ピーターソンとか

パリス・シスターズとかアトランティック・レコードのいろんなアーティストにアルバイトで

プロディースをして既にスマッシュヒットを出していたと、1961年21歳の年にレスター・シルと一緒に

フィレス・レコードというレーベルを設立したんですね、これがウォール・オブ・サウンドの原点に

なるんだけども、キャッチコピーが「Tomorrow’s Sound Today」っていうのがそのキャッチフレーズ

だったんだけど合計12枚のLPと39枚のシングルをリリースして1966年に会社を閉じたんだけども

それまでに全米TOP40に17曲、だから2曲に1曲はヒットしてたってことね、

その内3曲は全米No.1になったというフィル・スペクターなんですけど。

先週話し残した中でウォール・オブ・サウンドって話をしました。

それは60年代のフィル・スペクターを特に指す音なんだけど、当時の録音っていうのは今みたいに

シンクロができるとかコンピューターで同期がとれるわけじゃなかったんです。

トラックAがあるとするとトラックAに全部音を入れるわけです。

それをトラックBにピンポン録音するんです。

トラックBのピンポン録音されたやつをトラックAに戻すんです。

トラックAに戻した音をまたトラックBに戻すんです。

そのBとAの繰り返しを多い時は2000回以上やると、それを耳でやるんです、

だからカスタネットの音とかリズムが強調させたのがキーになってるんですけど耳でやるから

当然ずれるんだよね、人間の耳っていうのは僕があったミュージシャンの中では山下達郎がすごくて

100分の1秒のリズムのズレはわかる山下達郎でも100分の1以上のものはわからないだから当然ズレてくる

その微妙なズレが音の壁になるんだよねそれをウォール・オブ・サウンドと呼んでいたということなんですけど、

60年代はそういう活躍をしてものすごいプロデューサーだったんですけど。

70年代以降、60年代終わりくらいからビートルズの「Let it be」をプロデュースしたりとか違う方向に行くんですけど。

それはウォール・オブ・サウンドらしきものを出してはいるけどフィレス・レコード時代の大成功に

なったかはわからないなと思います。でもこのレナード・コーエンのMemoriesという曲はアルバムで

「ある女たらしの死」というアルバムなんだけどこれなんかはバックのサウンドに

今さっき言ったウォール・オブ・サウンドの名残があるそういう曲だと思います。

フィル・スペクターとしてはかなり後期のプロデュースになります。」

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<オンエア曲>

Memories (1977) / Leonard Cohen

投稿者 : mins|2016年10月2日