伝説のミュージシャンから最新のアーティストまで、
過去から今、そして未来へとつながる音楽のルーツを紹介するコーナー
「Roots Of Masters」
第1章は、 フィル・スペクターに迫ります。
「先週は17歳の時にテディベアーズを結成してディビュー曲が全米No.1になった
早熟の天才だったって話をしました。翌年にはグループを解散して解散した後、
レスター・シルとリー・ヘイゼルウッドの下でデュアン・エディっていう有名なミュージシャンが
いるんですけど、そのセッションをしたり、20歳の時にニューヨーク戻ってリーバー&ストーラーの助手
になって、助手をやりながらすごいなって思ったのは20歳代の初めにレイ・ピーターソンとか
パリス・シスターズとかアトランティック・レコードのいろんなアーティストにアルバイトで
プロディースをして既にスマッシュヒットを出していたと、1961年21歳の年にレスター・シルと一緒に
フィレス・レコードというレーベルを設立したんですね、これがウォール・オブ・サウンドの原点に
なるんだけども、キャッチコピーが「Tomorrow’s Sound Today」っていうのがそのキャッチフレーズ
だったんだけど合計12枚のLPと39枚のシングルをリリースして1966年に会社を閉じたんだけども
それまでに全米TOP40に17曲、だから2曲に1曲はヒットしてたってことね、
その内3曲は全米No.1になったというフィル・スペクターなんですけど。
先週話し残した中でウォール・オブ・サウンドって話をしました。
それは60年代のフィル・スペクターを特に指す音なんだけど、当時の録音っていうのは今みたいに
シンクロができるとかコンピューターで同期がとれるわけじゃなかったんです。
トラックAがあるとするとトラックAに全部音を入れるわけです。
それをトラックBにピンポン録音するんです。
トラックBのピンポン録音されたやつをトラックAに戻すんです。
トラックAに戻した音をまたトラックBに戻すんです。
そのBとAの繰り返しを多い時は2000回以上やると、それを耳でやるんです、
だからカスタネットの音とかリズムが強調させたのがキーになってるんですけど耳でやるから
当然ずれるんだよね、人間の耳っていうのは僕があったミュージシャンの中では山下達郎がすごくて
100分の1秒のリズムのズレはわかる山下達郎でも100分の1以上のものはわからないだから当然ズレてくる
その微妙なズレが音の壁になるんだよねそれをウォール・オブ・サウンドと呼んでいたということなんですけど、
60年代はそういう活躍をしてものすごいプロデューサーだったんですけど。
70年代以降、60年代終わりくらいからビートルズの「Let it be」をプロデュースしたりとか違う方向に行くんですけど。
それはウォール・オブ・サウンドらしきものを出してはいるけどフィレス・レコード時代の大成功に
なったかはわからないなと思います。でもこのレナード・コーエンのMemoriesという曲はアルバムで
「ある女たらしの死」というアルバムなんだけどこれなんかはバックのサウンドに
今さっき言ったウォール・オブ・サウンドの名残があるそういう曲だと思います。
フィル・スペクターとしてはかなり後期のプロデュースになります。」
<オンエア曲>
Memories (1977) / Leonard Cohen
投稿者 : mins|2016年10月2日