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2017年3月12日

プロデューサー列伝〜第8章:ジョージ・マーティン②

伝説のミュージシャンから最新のアーティストまで、

過去から今、未来へとつながる音楽のルーツを紹介するコーナー「Roots Of Masters」。

現在のテーマは“プロデューサー列伝”です。

 

第8章:ジョージ・マーティン②

彼はビートルズのプロデュースをしながら、様々なことをやっていた。

例えば1964年に初めてビートルズがアメリカに行った。

彼らはボブ・ディランやエルビス・プレスリーらに会っていたが、

ジョージは大手のスタジオを回って機材をチェックして、

いくらかの機材を買ってビートルズのスタジオに流用しようと考えた。

(当時のアメリカの録音機材は最先端だった)

またレコーディングに関してはビートルズは音がいいと言われていて、

初期のローリングストーンズと比べても録音がいいと評判がいい。

それは彼がエンジニアを大切にしていてレコーディングにも力を入れていた。

ビートルズを手がけた後も多くの仕事があったのだが

その中でも彼が手がけ、アーティストの今まで続いている方向性を生み出した作品が、

ジェフ・ベックの「ブロウ・バイ・ブロウ」(1975)だ。

これまでジェフはエリック・クラプトンやジミー・ペイジ(レッド・ツェッペリン)に比べて、

名前は知られていて腕はしっかりしているが、方向性がはっきりしなかった。

彼はジェフのテクニックを受け止められるのは単なるロックだけではなく、

ジャズなのではないかと考えたのか、

今で言う“フュージョン”のようなジャズのミュージシャンをバックにジェフにギターを弾かせる。

当時フュージョンやクロスオーバーという言葉がなかった時代に、

その演奏スタイルをジェフにやらせて、ジェフを成功に導いたと同時に、

ジャズとフュージョンはしているが根底はしっかりとロックという新しいスタイルを生んだ。

彼は、そう只者ではない。

投稿者 : mins|2017年3月12日