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カテゴリー:Roots of Masters

2017年3月19日

プロデューサー列伝〜第8章:ジョージ・マーティン③

伝説のミュージシャンから最新のアーティストまで、

過去から今、未来へとつながる音楽のルーツを紹介するコーナー「Roots Of Masters」。

現在のテーマは“プロデューサー列伝”です。

 

第8章:ジョージ・マーティン③

ビートルズを見出して、ジェフ・ベックの方向性を決めたプロデューサー。

素材としての曲を調べ上げて、

アーティストと、ともに、その中に入り込んで行くような制作をしてきた。

ビートルズのことを彼は「宝だ」と公言していたが、

それは2枚目以降のことだった。

普通のアーティストとプロデューサーやエンジニアの関係は、

1つの作品のレコーディングが終わると、

打ち上げをやってそこで関係が終わることが多いが、

ポール・マッカートニーとジョン・レノンは、

翌日以降も同じように曲をつくっては、ジョージ・マーティンに意見を求めた。

彼が“忙しいから”と断っても、

2人がそれをやめることはなかったそうで、

そういう彼らの部分を「宝」だと評したそうです。

投稿者 : mins|2017年3月19日

2017年3月12日

プロデューサー列伝〜第8章:ジョージ・マーティン②

伝説のミュージシャンから最新のアーティストまで、

過去から今、未来へとつながる音楽のルーツを紹介するコーナー「Roots Of Masters」。

現在のテーマは“プロデューサー列伝”です。

 

第8章:ジョージ・マーティン②

彼はビートルズのプロデュースをしながら、様々なことをやっていた。

例えば1964年に初めてビートルズがアメリカに行った。

彼らはボブ・ディランやエルビス・プレスリーらに会っていたが、

ジョージは大手のスタジオを回って機材をチェックして、

いくらかの機材を買ってビートルズのスタジオに流用しようと考えた。

(当時のアメリカの録音機材は最先端だった)

またレコーディングに関してはビートルズは音がいいと言われていて、

初期のローリングストーンズと比べても録音がいいと評判がいい。

それは彼がエンジニアを大切にしていてレコーディングにも力を入れていた。

ビートルズを手がけた後も多くの仕事があったのだが

その中でも彼が手がけ、アーティストの今まで続いている方向性を生み出した作品が、

ジェフ・ベックの「ブロウ・バイ・ブロウ」(1975)だ。

これまでジェフはエリック・クラプトンやジミー・ペイジ(レッド・ツェッペリン)に比べて、

名前は知られていて腕はしっかりしているが、方向性がはっきりしなかった。

彼はジェフのテクニックを受け止められるのは単なるロックだけではなく、

ジャズなのではないかと考えたのか、

今で言う“フュージョン”のようなジャズのミュージシャンをバックにジェフにギターを弾かせる。

当時フュージョンやクロスオーバーという言葉がなかった時代に、

その演奏スタイルをジェフにやらせて、ジェフを成功に導いたと同時に、

ジャズとフュージョンはしているが根底はしっかりとロックという新しいスタイルを生んだ。

彼は、そう只者ではない。

投稿者 : mins|2017年3月12日

2017年3月6日

プロデューサー列伝〜第8章:ジョージ・マーティン①

伝説のミュージシャンから最新のアーティストまで、

過去から今、未来へとつながる音楽のルーツを紹介するコーナー「Roots Of Masters」。

現在のテーマは“プロデューサー列伝”です。

 

第8章:ジョージ・マーティン①

ジョージ・マーティン。

1926年1月3日生−2016年3月8日死去(享年90歳)

ジョージ・マーティンといえば?と聞かれ、すぐに浮かぶ答えは、やはりザ・ビートルズだろう。

もともとはピアノをやっていたがピアノの先生との折が合わず、独学で始めるようになる。

その後音楽と演劇の学校に入りEMIというレコード会社の傘下であった

“パーロフォン”というレーベルに入り、

スキッフルミュージック(洗濯板などを用い演奏された音楽でロックン・ロールの前身)や、

コメディのレコードなどをプロデュースしていた。

後の1962年。どこのレーベルにも自分たちのテープを聞いてもらえなかった

若きザ・ビートルズの音楽を唯一聞き、

その溢れ出る可能性を感じたジョージは彼らをプロデュースすることを決意する。

初期の楽曲のピアノはジョージが弾いていた他に、

ビートルズは曲を作ることができてもアレンジができなかったため、アレンジャーとして活躍し、

初期の彼らにとっては5人目のメンバーといっても過言ではないと言えるだろう。

投稿者 : mins|2017年3月6日

2017年2月26日

プロデューサー列伝〜第7章:トム・ダウド③

伝説のミュージシャンから最新のアーティストまで、

過去から今、未来へとつながる音楽のルーツを紹介するコーナー「Roots Of Masters」。

現在のテーマは“プロデューサー列伝”です。

 

 第7章:トム・ダウド③

音楽の3分の1はエンジニア
3分の1はプロデューサー
3分の1はミュージシャン

 

このように分けると音楽はうまくできるが、

トムはこれまでに紹介したように

録音機や調整卓など機材の開発やエンジニアリングだけでなく

南部の香りがするサザンロックを生み出すなど、

楽曲のプロデュースもできる男だった。

 

そこで、今日かけるロッド・スチュワートは、

イギリスでスーパースターになり、その後に渡米。

アメリカのミュージシャンと共演し、

アメリカ音楽にある南部の要素を取り入れたい。

アメリカらしいサウンドの要素が欲しいと、プロデュースをトムに依頼し、

後に名作と言われる「アトランティック・クロッシング」という名のアルバムを生み出す。

 

このようにトムは、

ロッド・スチュワートやDerek And The Dominos、The Allman Brothers Bandなど

様々なアーティストの名曲と言える曲、

名作と言われるアルバムを世に生み出し続けてきた。

その秀逸なプロデュースはもう受けられなくなってしまったが

彼の偉大な功績、彼にしか生み出せないサウンドを聞いて

皆の記憶にとどめておいてほしい。

投稿者 : mins|2017年2月26日

2017年2月19日

プロデューサー列伝〜第7章:トム・ダウド②

伝説のミュージシャンから最新のアーティストまで、

過去から今、未来へとつながる音楽のルーツを紹介するコーナー「Roots Of Masters」。

現在のテーマは“プロデューサー列伝”です。

 

 

第7章:トム・ダウド②

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コロンビア大学で物理学を学んで、アトランティック・レコードに入社した彼は

ハードなどの機材の分野が秀逸だった。

そのためエンジニアとして、多重録音や初期のステレオ録音を開発。

様々なエキップメントを作っていった。

そんな機材の新しい未来を作り上げるとともに、音楽面では

Derek And The DominosやThe Allman Brothers Bandのような

アメリカ南部の所謂“サザンロック”のような音を完成させた。

その結果に導いたのは、

アレサ・フランクリンやレイ・チャールズ、ルース・ブラウンらを手掛けて得た、

ブラック・ミュージックのフィーリング

スタックス・レコードで得た、

南部の音楽の味

これらの音楽性を60年代末~70年代に出てきた、

初期サザンロックの新しい方向性を示す。

 

前例なき音楽を作り上げた彼のスタイルは後世代に絶大な影響を与え、

後にイギリスのプライマル・スクリームがトムにプロデュースを依頼するなど

実力ともに“名プロデューサー”となっていく。

投稿者 : mins|2017年2月19日

2017年2月12日

プロデューサー列伝〜第7章:トム・ダウド①

伝説のミュージシャンから最新のアーティストまで、

過去から今、未来へとつながる音楽のルーツを紹介するコーナー「Roots Of Masters」。

現在のテーマは“プロデューサー列伝”です。

 

 7章:トム・ダウド

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1925NY生まれ(2002年死去・享年77)。

父がクラシックのコンサートマスター、母がオペラ歌手という

音楽一家の元に生まれた彼はコロンビア大学で物理学を学び、18歳で軍隊に徴兵。

除隊後の40年代にはアメリカの大手レコード会社“アトランティック・レコード”に入社。

エンジニアとして入社し、レイ・チャールズやルース・ブラウン、チャールズ・ミンガス、

ジョン・コルトレーン、MJQ(モダン・ジャズ・カルテット)などのアーティストをプロデュースし、

知名度を上げる。

60年代にはアトランティック・レコードの傘下であったスタックス・レコードに乗り込み、

オーティス・レディングの「オーティス・ブルー」や

“ソウル”という単語を生み出したアレサ・フランクリンの「アレサ・ナウ」などの

名盤をプロデュースするだけでなく、イギリスのクリームのエンジニアリングも手掛け、

さらに名を広めることになる。

今回OAでかけた、Derek And The Dominosの「Layla(いとしのレイラ」は

 

トムが70年代にミックスダウンを手掛けたヒット曲。

楽曲の後半にバンドの長い演奏が続くパートがあり、

この部分を残したのは、トム自身の先見の明だと言える

(シングルヴァージョンでは楽曲後半の演奏部分はカットされている)。

投稿者 : mins|2017年2月12日

2017年2月5日

プロデューサー列伝〜第6章:T・ボーン・バーネット③

伝説のミュージシャンから最新のアーティストまで、

過去から今、未来へとつながる音楽のルーツを紹介するコーナー「Roots Of Masters」。

現在のテーマは“プロデューサー列伝”です。

 

第6章:T・ボーン・バーネット

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晩年のロイ・オービソンを手掛けたりしていることでも証明されているように、ルーツの音楽が好き。

アメリカではルーツといっても単純にロックンロールだけでなく、

ブルーズ、メキシコ系の音楽も含まれており、

T・ボーン・バーネットが手掛けたロス・ロボスはメキシコ出身のバンドで、

メキシコのテイストに

アメリカのロックンロールのフレイバーを合わせるようなことを得意としていた。

今流行のアメリカーナサウンドの先駆者でもあり、

ロックンロールの1つの要素である、音を埋めすぎないサウンドにこだわる

職人気質のプロデューサーである。

投稿者 : mins|2017年2月5日

2017年1月22日

プロデューサー列伝〜第6章:T・ボーン・バーネット②

伝説のミュージシャンから最新のアーティストまで、
過去から今、未来へとつながる音楽のルーツを紹介するコーナー「Roots Of Masters」。
現在のテーマは“プロデューサー列伝”です。

第6章:T・ボーン・バーネット

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1月14日で68歳に。

元は、ボブ・ディランのバンド:

ローリング・サンダー・レビューでギターを担当。

18歳からスタジオ・ワークをスタートさせ、

これまでに手掛けたアーティストは数知れず。

ロイ・オービソン、リサ・マリー・プレスリー、ジョン・メレンキャンプ、

ロス・ロボス、カウンティング・クロウズ、エルトン・ジョン&レオン・ラッセル、

エルヴィス・コステロ、ダイアナ・クラール、矢野顕子、

ウォールフラワーズ、トニー・ベネット。

あらゆるジャンルの音楽と関わってきました。

T・ボーン・バーネットはルーツに対する造詣が深いことが特徴で、

その部分を欲するアーティストたちから大変重宝される存在であり、

また、ラリー・ハーシュというエンジニアと組むことが多く、

アコースティック系ロックサウンドを得意とする。

矢野顕子の作品も、録音が良いことで広く知られています。

音数が少なくて間があり、アコースティックなサウンドが最大の特徴である。

 

 

投稿者 : mins|2017年1月22日

2017年1月15日

プロデューサー列伝〜第6章:T・ボーン・バーネット

伝説のミュージシャンから最新のアーティストまで、
過去から今、そして未来へとつながる音楽のルーツを紹介するコーナー
「Roots Of Masters」

第6章は、T・ボーン・バーネットに迫ります。

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「T・ボーン・バーネットはミュージシャンから出た音の人でスタジオワークもしながら

ギターも弾いていて、今でもアルバムを出しながらギタリストをやっていると

この人はエンジニアはよくわからないのでラリー・ハーシュというエンジニアと組んでやっていたという

アクオスティック系な音が特に得意だと思います。」

投稿者 : mins|2017年1月15日

2017年1月8日

プロデューサー列伝〜第5章:ヒュー・パジャム

伝説のミュージシャンから最新のアーティストまで、
過去から今、そして未来へとつながる音楽のルーツを紹介するコーナー
「Roots Of Masters」

第5章は、ヒュー・パジャムに迫ります。

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「アメリカのミュージシャンをやってないんですよ、要するにアメリカでウケる音ではないんじゃないか

あるいはイギリスの人は頑固だからアメリカまで行ってやる気がないみたいなのかわからないんだけど

ニュージーランドとアフリカとイタリアとは仕事したけどアメリカとはやってない。

アメリカのミュージシャンがこの時代に関わらなかったのが僕はとっても疑問です。」

投稿者 : mins|2017年1月8日

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